自作キーボードを作った(PCその5) 2021年7月 追記8月

 自作キーボードを作った。といっても木製のケースを作ったというだけだが。 ■気分転換のキーボード  昨年5月にデスクトップパソコン用キーボードを新調したばかりだ。新型コロナの経済対策で支給された定額給付金を使って、ちょっとお高い国産の東プレ Realfoce R2TLA-USV-IVを買った。静電容量無接点方式スイッチで、軽く疲れにくいキータッチ。市販キーボードの最高峰とも評される製品だ。使い始めて1年が経ち、独特な打鍵感にも馴染んで、毎日使う道具として何の不満も無い。(関係記事)  不満が無いなら満足すれば良いわけだが、気分転換に別のキーボードを使ってみたい、などという不埒な気持ちが湧いてきた。デザインがしゃれてるとか、キータッチがちょいと乙だとか・・・。実用に加えて+αの要素が欲しいわけで、まあ遊びだ。毎日使うといっても、作家やライターじゃあるまいし長時間打鍵を続けるわけではないのだから、我ながらバカだ。 ■自作キーボード、「Vision」との遭遇  キーボードについて調べる中で、「自作キーボード」に行き当たった。  キーボードの理想を求めて自作する、という趣味の世界があることはうっすら知っていた。作者たちが発信する情報がネット上に様々ある。秋葉原に専門店もできている。基板むき出しでいかにも手作りの感じのもの、右手左手を分離したもの、キー数を大幅に減らしたものなど、作者それぞれのこだわりがあり、市販キーボードとは外観からして違う。電気工作好きの私としては興味がそそられる。  最近では、人間工学を踏まえた念入りな設計、市販品を超える高級感あるデザインで、予約を募ってごく少数を頒布する、というものが出てきている。業としての販売ではないが、もはや自作、DIYという水準ではなく、限定生産の工業製品だ。相応の値段だが(といっても、利潤を乗せていない実費だろう)、あっという間に予約完売するようだ。  そうした高水準自作キーボードの一つ、SatT99氏設計の「Vision キーボードキット」に惹かれた。格好良い!  Alice配列の40%キーボードという分類になるようだが、右手左手のキーを分けつつ一体のケースに納めて使いやすそうだし、デザインが洗練されている。キー数は48と少ないが標準的なキー配置を基本にしていて、手持ちの東プレキーボードとの隔たりが意外と小さそうだ。交代で使って気分転換という目的にちょうど良いかも。と、だんだん気持ちが向いていった。  昨年10月に予約募集し、既に販売を終えた幻のキーボードなのだが、PCB(プリント配線基板)とプレート(キースイッチを取り付ける薄板)については今も購入可能だ。PCBを販売しているというのは、外注ロット数の関係で生じた余りなのか、補修用部品なのかもしれない。が、これを利用したキーボードづくりが一応許されていると思われる。  このPCBとプレートがキーボードの基幹部品であり、キーキャップ(打鍵するボタン部分)とキースイッチ(ボタンの下のスイッチ)は好みのものを別途購入する。中身はそれで揃うので、ケースさえ作ればキーボードが完成する。ケースを作るのに、材料・加工方法はいろいろあろうが、木を材料とするなら素人の手作業で何とかできそうだ。  木製ケース版Visionキーボードを作ろう! ■木製ケースの制作  さっそくPCBとプレートを購入した。PCBはスイッチの交換ができるホットスワップ版、プレートは標準のアルミ製を選んだ。割安の価格だったが、届いたPCBは部品全てがはんだ付け済みの完成基板だった。原価そのもの(原価割れ?)ということであり、SatT99氏には申し訳ないようだ。おかげで電気工作は無用で、作業はケースの木工だけだ。感謝。  SatT99氏のビルドガイドを熟読し、PCBとプレートを採寸して、ケースの設計をした。  手作業での加工しやすさから、4mm厚のMDF板を積み重ねる構造にした。MDFは、木材繊維に合成樹脂を加えて熱圧縮した素材で、均質で加工しやすく、今回のような工作にはもってこいだ。下から順に、①MDFの底板、②ロの字に切り抜いたMDF(一部幅広)、③ロの字のMDF(幅狭)、④ロの字のMDF(③と同形)だ。一番上の層は、見映えを重視して天然木薄板の天板にした。  幅・奥行きはPCB・プレートのサイズから決まるが、難しいのは高さだ。まず、ケースの手前部分の高さを21mm程度に抑えたい。東プレキーボードと同じ高さで、共通のパームレストを使うことができる。なおかつ、キーキャップの下辺が天板より1mm程度沈むようにしたい。見た目のおさまりが良いし、キーの高さもちょうど良くなる。しかし、材料の厚みの制約で条件を満足する解が無く、設計が難しい。結局、高さは少々高く、キーの沈みは浅くなった。  4mm厚MDF板はホームセンターで購入でき、長方形カットまではしてもらえる。天然木薄板は、「木のお店・常木」のネット通販でカリン板3mm厚、イチイ板5mm厚の2種類を購入。薄板なので反りを心配したが、大丈夫だった。  カリン用、イチイ用の二組を作り、約10日間、木屑・埃にまみれる作業となった。MDFは木目が無く柔らかいので削りやすかったが、天然木薄板、特にカリンは堅いため手こずり、割れも生じた。カリンについては、あとから1mm厚コルクで裏打ちし、計4mm厚にした。(下の写真は、作業途中のカリン。右側に割れが入った。)  MDFの①・②を接着したものが下側ケース、③・④を接着したものに天板をさらに合わせて上側ケースになる。上下ケースの間に、PCB及びプレート(両者は3.5mmスペーサーを介しM2ビスで一体化する)を挟むことになる。③・④には鬼目ナットを打ち込み、M3ビスで上下ケースをねじ止めできるようにした。  MDF部分はアクリル絵の具で、天然木は油性ニスで仕上げた。  底には、鉄製プレート(約1kgの建築金物を紺色塗装)を両面テープで貼り付け、底板の補強兼ウェイトとした。黒のゴムシートで滑り止め及び防音。 ■キースイッチの取り付け  ソケットが付いたPCBなのでキースイッチの交換が可能だ。入手しておいた2種類のスイッチ、MOMOKA MMK Frog、KAILH×INPUT CLUB Hako Violetを差し替えて、違いを試す楽しみがある。  MOMOKA Frogはルーブ済み製品で、とてもスムーズで軽いリニア型だ。音も静かで、静音リングを付けなくても大丈夫。優秀なスイッチだ。強いて言うなら優等生過ぎ、癖無さ過ぎがマイナス点か。Hako Violetは、東プレのキータッチを目標にしたというタクタイル型だ。なかなか良い感じだが、底づき音が大きく、跳ね返り音も少しカチャカチャ鳴る。 ■ケースの完成  写真のような木製ケースが完成した。  カリン天板バージョン。幅320×奥行130×高さ22~35mm(キーキャップ含まず)、重さ1.2kg  イチイ天板バージョンも完成。高さは23~36mmで、1mm高くなった。  オリジナルのVisionは、アルミ削り出しのケースで無駄なく引き締まった印象だ。木製ケースは各所に厚みが必要で、一回り大きい。オリジナルに比べると、キーの周りが間延びして締まらない感じだが仕方ない。  カリンは高級感があるが、濃い赤茶色で存在感があり過ぎ、夏の今は暑苦しい。イチイは良い色だが、木目に少々難あり。季節毎、交互に使っていこうか。 ■キーマップの編集  ハードウェアが完成したら、キーマップを編集して48のキーを自分の使いかたに合わせて定義づけする。アルファベットは一般的なQWERTY配列で決まりだが、記号キーや機能キーをどう配置するかが問題で、少ないキー数なので複数のレイヤー(機能階層)の切り替えを使ってあれこれ工夫することになる。Visionは、VIAというソフトウェア対応になっていて、この編集作業が容易にできる。  私の目標の第一は、東プレキーボードと併用して違和感が少ないよう、標準的な英語配列の定型をなるべく守ることだ。EscとBackspaceを上段の左右端に置き、Enterは右小指、Spaceは両親指、といった具合だ。キー数を減らしたキーボードの場合、EnterやBackspaceを小指でなく親指の位置に置くことも多いようだ。よく使うキーなので合理的と思うが、標準型キーボードとの併用が難しくなってしまうので避けた。Visionはキー数に少し余裕があり、標準型と同様の横長のキーを使っているので、希望のキー配置にすることができた。  目標の第二は、私の使い方が主に日本語文章の入力なので、それが打ちやすい配列にすることだ。目標第一でだいたいは解決済みである。()「」?!といった記号、123・・・の数字をデフォルトレイヤーに置けないのは仕方ない。ただ、ー(音引き)は外来語など高頻度で使うのでデフォルトレイヤーに置きたい。VisionではたまたまBのキーが右手側にもある(Nの左隣)ので、このキーを使うことにして一件落着。  カーソルキーが無いことがどうかだが、普段、文章作成に最も使うアプリはWZエディターで、昔から使うVzエディターライクの操作にしており、カーソルキーの代わりにCtrl+S・D・E・Xを使っている。また、第2、第3レイヤーでH・J・K・Lに置いたので大丈夫だろう。  第1レイヤーは記号中心、第2レイヤーは数字中心でモメンタリ切り替えだが、第3レイヤーは第2レイヤーと同じ内容でトグル切り替えにした。数字を連続して入力する時に使う。  各レイヤーのキー配置図をデスク脇に貼ってあるが、1週間で大方慣れた。この配置で使っていけそうだ。ただ、パスワードの入力などは、数字・アルファベット・記号が入り混じるので操作が面倒くさいかも。そうした場合は、隣に置いて活かしてある東プレキーボードを使えば良い。 (以下、2021年8月追記) ■プレートとPCBをもう一組購入  イチイとカリンの2種類の天然木を使い、ケースは2個出来上がっている。キースイッチ、キーキャップも2組分手元にある。そこで、PCBとプレートを追加購入し、2組のキーボードとして完成させてしまうことにした。  せっかくなので、前回とは変えて、PCBははんだづけ版(ソケットを使わず、キ―スイッチを基板に直にはんだづけするタイプ)、プレートはPOM(ポリアセタール樹脂)製にした。POMプレートは打鍵感が柔らかく、静かになって、いわば軟派だ。はんだPCBはスイッチとPCB・プレートの結合がより強固になるはずで硬派だろう。PCB・プレートはスイッチソケットが無い分だけ実効厚みが1~2mm薄くなる。スイッチの特徴を勘案し、次の組み合わせでいくことにした。 A組 アルミプレート × はんだPCB × MOMOKA Frogスイッチ B組 POMプレート × ソケットPCB × Hako Violetスイッチ ■ガスケットマウントの試行錯誤  Visionの大きな特徴は「ガスケットマウント」であることで、PCB・プレート(を一体化したもの)の長辺の上下をを細切りのクッション(ガスケット)で挟んで支え、ケースから浮かせた構造になっている。打鍵感向上を目的としてそうなっている。この構造は踏襲したい。  一方で、オリジナル設計とは異なるが、ガスケットでプレートの端を支えるだけでなく、クッションとなるシートを底板に敷いてPCB・プレート全体を下から支えたらどうだろうか、と考えた。「敷ふとんマウント」!?  PCBの裏面は多少の凹凸はあるが(特にソケット版PCBではソケットの約2mmの出っ張りがある)、PCBの面積全体が接触するので、柔らかいスポンジシートでもしっかりした支持になるはず。適度な柔らかさと厚みの材料を選べば、適度な支持と打鍵力吸収を両立できるのではないか。  ガスケットとシートの材料となる薄手のスポンジシートを探してホームセンターや100円ショップを歩いたが、適当なものがなかなか見つからない。  ケースができた時点で、Visionの設計者、SatT99氏に木製ケースを作らせてもらったことを報告した。ご了承くださったうえ、Visionのガスケットの素材Poronを教えていただいた。Poronはウレタンフォームの一種だが、細密な気泡で衝撃吸収材やシール材にも使うらしい。Poronの中でも最も柔らかい「Poron LE-20」を選択し、その2mm厚のシートをAmazonで入手することができた。  写真のガスケットは、左から薄い順に、ロジャースイノアック「Poron LE-20」2mm厚、「手持ちのマウスパッドの表地を剥がしたもの」2.8mm厚、ニトムズ「戸あたり消音テープ」3mm厚、「Poron LE-20」4mm厚(2mm厚の2枚重ね)、ニトムズ「防水ソフトテープ」5mm厚。  「Poron LE-20」は柔らかな一方、密度があってしっかりもしており、クッション性と支持力が両立している。青い「マウスパッド」は重く密度があってゴムっぽくかなり硬め、支持力はあるがクッション性不足かもしれない。「戸あたり消音テープ」3mm厚は「Poron LE-20」と似た傾向だがより硬め、しっかりめで支持力が強化される。「防水ソフトテープ」5mm厚は最も柔らかで、打鍵のたびにキー全体が上下動する。クッション性過剰、支持力不足だ。  特性にバラエティがあり、狙いによって使い分けることができそうだ。今回は、中庸な特性の「Poron LE-20」4mm厚と「戸あたり消音テープ」3mm厚を下側ガスケットに採用した。上側ガスケットは支持機能は要らないので、「防水ソフトテープ」5mm厚を使うことにした。柔らかで容易につぶれて下側ガスケットを圧迫しないので、位置決め用として使う。  次に底板に敷く「敷ふとんマウント」シートだが、右手前から薄い順に、ダイソー「梱包クッションシート」0.7mm厚、八幡ねじ「CRスポンジ」1mm厚、「Poron LE-20」2mm厚、「マウスパッド」2.8mm厚。  「梱包クッションシート」は高発泡ポリエチレンで軽いが、ある程度クッション性がありながら腰もある。「CRスポンジ」はクロロプレンゴムスポンジで、重さと密度があり、片面に粘着テープとカバー紙が付いているので、Poronより硬め・しっかりめだ。「Poron LE-20」と「マウスパッド」は前述のとおり。  試してみると、シートが厚いほど音・振動をダンプする効果は高い。底づき感・底づき音が小さくなり、コツコツからココ、トトになる。スイッチ音も、高音のカチャカチャから小さく低音のカシャカシャになる。ただ、ケース内部空間の高さの制約で、せいぜい2mm厚までのシートしか使えない。  シート無しも比較した。ガスケットだけで支持するVision本来のガスケットマウントだ。微妙な比較だが、底づき感はシートありと同等かむしろ小さい印象だ。シート無しの場合、スイッチの下が空間なので打鍵力がケース底板に直接伝わらないためか。反面、音はシートありの方が落ち着く感じだ。シートによってPCB・プレートの余分な響きがダンプされるのかもしれない。  シート無し、「梱包クッションシート」0.7mm厚、「CRスポンジ」1mm厚、「Poron LE-20」2mm厚のいずれも選択肢になる。  もしも、ニトムズ「防水ソフトテープ」のような格別に柔らかな素材で2~3mmの薄いシートがあれば、試してみたい。シート無しありの中間的な、ガスケットとシートの両方でPCB・プレートを支持する形になり、なおかつPCB・プレートの響きをダンプする、そうなれば面白い。が、残念ながらそうしたものは売られていない。思えば、柔で腰が無い、薄い、破れやすいとなるとクッションとしての使いみちが無いわけで、売っていないのは当然だろう。  ガスケットとシート(無しも含めて)をいろいろ試した結果、次の組み合わせがベストと感じた。 A組 アルミプレート × はんだPCB × MOMOKA Frogスイッチ カリン天板ケースに入れる。 上ガスケット「防水ソフトテープ」5mm厚(つぶれて3.4mmに) 下ガスケット「戸あたり消音テープ」3mm厚 シート「CRスポンジ」1mm厚(粘着テープのカバー紙は剥がさず)  基本的にガスケット主体で支持し、「敷ふとんマウント」シートは補助的役割になっていると思われる。  子細に見ると、はんだPCBの底面は、スイッチの足をはんだづけしたフィレットが高さ約2mmの円錐形で96個出っ張ってスパイク状になっている。尖ったスパイクに打鍵の力が集中する形だ。スパイクがシートを貫いてケース底板に接触しているか、薄いがしっかりした「CRスポンジ」が接触を阻止しているか、そこはわからない。結果としては、他の組み合わせより音がおさまって静か。MOMOKA Frogのスムーズで軽快な打鍵感が味わえて悪くない。  スイッチの足をぎりぎりまで切り詰めてはんだづけしていれば、はんだフィレットの出っ張りが小さくなり、また別の結果になったかもしれない。  写真はA組の途中経過で、下ガスケット「Poron LE-20」4mm厚、シート「梱包クッションシート」。アルミ製プレートには表裏に鳴き止めを施した。 B組 POMプレート × ソケットPCB × Hako Violetスイッチ イチイ天板ケースに入れる。 上ガスケット「防水ソフトテープ」5mm厚(つぶれて2.4mmに) 下ガスケット「Poron LE-20」4mm厚 シート「Poron LE-20」2mm厚  こちらのPCB底面は、スイッチソケットが48個、下駄の歯のように出っ張っている。2mm厚のシートではガスケットより先に「敷ふとんマウント」シートが荷重を受け、接触面積がスパイクより大きいので一部凹みながら、シート主体での支持になっていると思われる。POMプレートの柔軟なしなりも貢献しているかもしれないが、結果として、Hako Violetの短所、スイッチ音、底づき音の大きさが緩和され、長所が上手に引き出されている感じだ。  シート無しの本来のガスケットマウント、シート主体での支持の「敷ふとんマウント」は、どちらもPCB・プレートをケースから浮かすことで、打鍵感向上の可能性を持っている。さらに、「敷ふとんマウント」は、シートの材質、厚みを選ぶことで、好みの打鍵感に近づけることができるだろう。「敷ふとんマウント」は可能性のある手法と思う。  キースイッチはキーボードのかなめであり、打鍵感・打鍵音の鍵を握る大きな要素だ。アルミプレート vs POMプレート、はんだPCB vs ソケットPCBについては、違いはあるにはあるが、大きく左右する要因というほどではないと感じた。  また、今回、ケースの素材として、コストや加工性から木、それも柔らかなMDF材を選んだが、金属やプラスチック、アクリルより振動・音が響きにくい特性があり、打鍵感・打鍵音に関して利点になっているかもしれない。  いずれにしても、打鍵感・打鍵音については多くの要因が絡んでいると考える。ケースから、プレート、PCB、キースイッチ、キーキャップまで、それぞれの材質や形状、構造に課題がありそうだ。逆に言えば、まだまだ制振・静音対策を工夫する余地があるように思う。  知ったふうなことを記したが、はじめての自作キーボードであり、そもそも打鍵感の良し悪しを言うほどキーボード経験を持たないので、あくまで素人の主観的な感想とご承知願いたい。 ■雑感あれこれ  メカニカルスイッチは、以前、Cherry MX茶軸スイッチを使ったFILCOのキーボードを使った経験があるが、中途半端な頼りない印象で感心しなかった。当時、メインに使っていたのがIBM 5576-A01という重いキータッチの超硬派キーボードで、当方の評価軸が相当偏っていたせいがあるが。  今回、MOMOKA MMK FrogとKAILH×INPUT CLUB Hako Violetの二つを使って、目からウロコ、メカニカルスイッチを見直した。MOMOKA Frogは工場ルーブ済みで、なるほどルーブの有効性がわかった。私は面倒なので工場にお任せするが。  これまで使ってきた静電容量スイッチの東プレキーボードは、やはり軽く、静か、スムーズだ。なおかつ、カップラバーとコーン型バネで押し下げ圧にうまく山を作っていて、スコッという独特の打鍵感がある。  が、今回の二つのメカニカルスイッチもかなり良い。東プレキーボードと比べて、そうそう劣っていない。キーボードの打鍵感の好みは人それぞれだし、慣れの要素も大きい。東プレとは打鍵感の性格がかなり違うので、どちらが上と言えるものではない。ただ、少なくとも東プレと比較になる水準に達している、まずそれが驚きだ。  キーボードが組み上がった後、いくつか不具合が生じた。自作に不具合はつきもので、一発で完動してメインテナンスフリーとはいかない。  メカニカルスイッチはチャタリング(1回の打鍵で何文字も出力)が比較的発生しやすい構造らしく、これが弱点と言われる。今回私が作ったキーボードでも、Hako Violetの2個のスイッチが、チャタリング気味だった。押すようなゆっくりの打鍵ならば問題ないが、強く叩くように打鍵すると2文字になる。実際の場面では、かな漢字変換が妙なことになる。スイッチ本体の問題であり、2個を交換して解消した。  また、スイッチソケット(KAILH製)のトラブルがあった。第一は、キースイッチを差す際、端子足を曲げてしまいソケットにささっていないというケースで、ままあることだ。これはラジオペンチで足を真っ直ぐに修正して差し直せば治る。  第二は、特定のスイッチが見た目は問題ないのに無反応、というケースだ。微量の接点復活剤をソケットとスイッチの端子足に塗り、何度か差し直すことで一応治った。ソケットと端子足の接触が不確実なためで、ソケットの構造上の泣き所だろう。キーボードでは取り扱う電流も微弱なのかもしれない。ホットスワップは便利だが、やはりキースイッチははんだ付けが確実だ。これは再発するかもしれない。予備のソケットを用意し、いざとなったら交換だ。  接触不良が泣き所と言えば、USBケーブルも同様だ。某量販店でクリーム色の布編み被覆のケーブルが、500円ほどのセールになっていた。よくわからないメーカーだが、見映えが良いので試し買いした。しかし、半月ほどの使用、何回かの抜き差しだけで、PC起動時にキーボードが認識されなくなった。線材の断線か、接点の不具合だ。エレコム製のUSB2.0規格の正規認証品に替えて治った。やはり見た目ではなく、ちゃんと働くのが一番だ。このケーブルもいつまでもつかわからないが。  また、自作キーボードの世界に触れて、部品のほとんどが中国製で、かの国抜きでは何も進まないと知った。世界の工場と言われて久しいのだから、キーボード関係も当然というべきだが、ほぼ全面依存状態だ。  中国製キースイッチは、もはや安かろう悪かろうのCherry MX互換品ではなく、高品質、高付加価値志向になっている。キ―キャップもほぼ中国製だが、デザインも品質も向上している。日本の自作キーボード作者たちが、PCBやプレート、ケースの製作を外注するのも中国だ。  中国側メーカーも中国一国に閉じこもらずに、国外との協同企画で製品開発をするなど、世界を相手にした商売をしている。ブランド名や製品名にMOMOKAとかHakoなど日本語が使われるのも、そうした姿勢の現われだろう。部品のネット通販での購入も英語で円滑に進み、怪しげな感じが払拭されている。(というか、サイトに中国語が出てこないし、ショップの本拠地国籍は表示されない。それはそれで不気味。)そのように国外からの見られ方を意識した、洗練された商売になっている。中国工業の進展、成熟度合いを実感した。  キーボードの気分転換というところから始まって、試行錯誤しながら2組のキーボードを作った。  はじめての自作キーボードだったが、面白い遊びになった。東プレキーボードと交互に使っているが、外観デザイン、キータッチ、キー配列が違うので、確かに気分転換になる。  Alice配列40%キーボードへの評価だが、キー数の少なさゆえにデメリット、メリットの両面がある。レイヤーを使うことになって面倒なのはデメリット。反面、指が迷わないのは意外なメリットだ。ロウスタッガード(キーの行の横方向のズレ)なので、左手指の斜めの動きがどうかだが、日本語入力で実際に斜めの動きが生じるのは「で(=D・E)」の打鍵くらいであり支障無い。  キーボードとして結構使いやすく、実用の道具になっている。気分転換のキーボードという所期の目的は120%達成だ。  キーボード自作の世界はまだまだ奥があるようだが、私としてはやり残したことは無いので、自作キーボード探検これにて一件落着としたい。