合唱の録音 - TASCAM DR-07MKⅡレコーダーの導入 2018年12月
■レコーダーの購入 小型のデジタル録音機が普及して、合唱の仲間でも、練習を録音している人が少なくない。合唱団の同僚dewさんのブログで、合唱練習に役立てている様子が時々記事になっていて、そんなふうに積極的に活用するのか、と感心していた。こちら そんな折、交流ある合唱団、湘南フィルハーモニー合唱団から、教会で開催するクリスマス・コンサートの録音をしてくれないか、との打診があった。生録音の機材を持っているのでは、と私を当てにしたらしいが、あいにく当方に生録音の趣味は無く、機材も何も持ち合わせていない。 一度は断ったのだが、最近の録音機材について調べてみると、これがなかなか面白いことになっている。 業務用・生録音マニア用の本格的機材は、外部マイク、ミキサー、多トラックレコーダーの組み合わせが、デジタル化のおかげでポータブルな小ささ・軽さになっている。数十万円出せばプロ級の機器が一式揃う。そこまでいかなくても、ステレオ・マイクが一体になったハンドヘルド型の高音質そうなレコーダーが、5~10万円で入手できる。入門的なハンドヘルド機ならば2万円程度だ。38cmオープンリール・デッキの時代を記憶する者からすると、もう隔世の感だ。 デジタル録音機のもう一つは、会議録音などに使うICレコーダーから発展した流れだ。こちらもステレオマイクを持ち、高音質の録音フォーマットになって、単なる会議録音用以上になってきている。1万円前後からあり、小型軽量で操作も簡単。合唱の仲間が多く使っているのはこのタイプだ。2万円前後の上級機になると、会議より音楽録音が主目的になっていて、上記の本格的機材の下級機と一緒になる。 そんな状況の中、TASCAM(TEACの業務用音響機器ブランド)の最安機DR-07MKⅡが、家電量販店で1万円少々で販売していると知った。一応、音楽録音レベルの機器だが、業務用レコーダーの系列の最下級機で旧製品のため割安のようだ。私の用途にはちょうど良いかもしれない。 そんな下調べをしているうちに、だんだんコンサートの録音にチャレンジしてみる気持ちになって、このTASCAM DR-07MKⅡレコーダーを購入して、依頼を引き受けることにした。コンサート後は、レコーダーを自分の合唱練習に使えば無駄にならないだろう。 TASCAM DR-07MKⅡ ■合唱コンサートの録音 (1)録音の設定 購入後10日ほどでコンサートだ。急ぎ説明書を読んで、事前に2、3回、録音を試して、機器操作の練習をしたら、もう本番になった。 録音は、機器のシンプルさを最大限に活かす、という方針で行くことにした。マイクの置き位置と録音レベル、ポイントはその2点だ。というか、このレコーダーでいじれるのはそれだけなのだ。録音フォーマットは96kHz/24bitのWAV、このレコーダーの最高音質を選択する。内蔵ステレオマイクのポジションは、左右に開いたA-Bポジション(上の写真の形)だ。記録メディアは microSDだが、付属の4GBカードでは2時間きり録音できないので、16GBカードを買って入れ替えた。 会場は教会で、平屋で中規模の木造建物。空間はほぼ直方体で、片側の奥から、合唱団、弦楽四重奏団、ピアノ、指揮者が並ぶ。天井がそのまま屋根裏で、高さがあり、床と平行面でないのは良い。壁、床は反射面が多くライブな特性で、特定周波数で多少の共鳴があるようだ。 マイク(と一体のレコーダー)の置き位置は、指揮者のすぐ背後あたりのなるべく高くが望ましい。が、聴衆の邪魔になるので、客席の3列目、少し上手側寄りの場所に置くことにした。マイクスタンドは無いので、30年ほど前の写真用三脚(スリック製)を引っ張り出した。レコーダーにねじ穴があって三脚が使えるのだ。当時使ったクイック・リリースもここで役立つ。一番高く上げて約1.8m。理想としては、あと1m高くしたいところだ。 途中でレコーダーの操作をせず、連続して録音することにしたので、あらかじめ録音レベルを確定しておく必要がある。 「自動レベル調整モード」があるが、レベルを自動で上げ下げして強音も弱音も音量を平均化してしまう。会議録音には良いが音楽録音には不向きだ。「ピーク確認モード」という便利な機能がある。録音レベルを最大の90にしておくと、ピークを感知して自動的にレベルを下げてくれる。リハーサル時にこれを使えば、適切なレベルを確認できる。 音量が低い弦楽四重奏の曲で67。一番音量が大きいのは、フォルテが多い合唱+ピアノ+弦楽四重奏のキャロル・メドレーで、53まで下がった。これをもとに、「手動モード」に戻し、録音レベルをさらに低く50に設定した。本番では、声量がさらに上がるかもしれないので。 これでもういじる所は無い。本番の演奏が始まるところで録音ボタンを押し、あとは機械にお任せ。録音の無事を祈るだけだ。 途中の休憩時間に、録音がちゃんと出来ていることをヘッドフォンで確認して、後半の収録を続けた。 (2)収録後の編集 録音した音楽データファイルを、次のような手順で編集した。 まずは、簡易編集アプリ TEAC Hi-Res Editor(ハイレゾwavファイルを編集可能)で大まかに曲ごとに切り分ける。11のトラックになった。 次に、より詳細な編集ができるアプリ SoudEngine Free(これもハイレゾwavを編集可能)で、音量レベルを少し上げた。再生してみると録音レベルが低く、いかにも遠くの音と聴こえるためだ(後述のオフ・マイクの問題)。特に弦楽四重奏の音量が低い。とは言え、曲ごとにレベルを調整して平均化し過ぎてしまい、演奏側の意図する強弱がわからなくなるようでもいけない。合唱曲・独唱曲は共通して+3dB、弦楽四重奏曲は+11dB上げる、という編集にとどめた。 同じアプリで、曲ごとの詳細なカットやフェードイン、フェードアウトの編集をした。拍手はカットし、曲の前後に数秒の空白を入れた。 編集が終わったら、96kHz/24bitのwavファイルを44.1kHz/16bitに変換し、ライティング・ソフト ImgBurnで CD-R に焼き付けた。CD1枚にうまく収まったのは良かった。 合唱団員に配布するCD-R焼き付けは、枚数が多いので合唱団内で手分けしてやってもらうこととし、種になるCD-Rを引き渡して、依頼された録音作業を終了した。 (3)収録した音を聴いて 出来たCD-Rを試聴して、予想を上回る音だった。まずまずクリアに収録できている。音場も、広いとは言えないがまあ自然。会場の空間も、客席が埋まって適度に吸音されて癖が無くなったようだ。レコーダー由来の雑音も特段聴こえない。市販CDの音質水準にははるかに及ばないが、まずは合格点と言える。 無論、問題点はある。編集で音量を上げたが、それでもなお平均的な市販CDより5dBほど低い。当初の録音レベルが抑え過ぎだったし、編集でもっと音量を上げても良かった。 また、鮮やかさ、ダイナミックさが乏しいおとなしい録音になっている。素人の録音の典型だ。これは、マイクを音源から遠い位置に置いたこと(オフ・マイク)が原因だ。ステレオマイクただ一組で、大人数の演奏を録音しようとすると、必然的にこうしたマイク位置になる。プロは、多くの場合、音源近くに置いたマイク(オン・マイク)の音をミックスする。そうすれば音はぐっと良くなるが、機材が増えて複雑になり、とても素人の手には負えないことになる。オフ・マイクだけの素人としては、せめて少しでもマイクを音源に近づけたいが、コンサート本番の録音なので制約は仕方がない。 音質はやや粉っぽい感じだ。周波数レンジで言うと、超高域、超低域まで伸びていないようだ。残響、空気感といった感じが出ない。鈴のシャンシャンも、実音は高域成分が散乱する感じがあったのだが、だいぶ鈍る。 元音源の96kHz/24bitのWAVファイルを聴くと、44.1kHz/16bitのCD-Rより全体に良い音質だが、圧倒的というほどの差ではない。粉っぽさが少しましになるが、艶、コクとまでは行かない。このあたりが、1万円少々のレコーダーの限界だろう。 ただ、マイクとレコーダーが直結され、間にミキサーや延長ケーブルなどが入らない全くのダイレクト録音であり、そのシンプルさは大きなメリットだ。プロ用の音楽録音マイクは、それだけで1本数万円から数十万円する。今回の機器は、レコーダー本体とステレオ2個の付属マイクが込みで1万円少々なのだから、比較する方が間違っている。マイクの特性はさぞかし貧弱と思うが、結果としてまずまず聴ける音質になっているのは、レコーダー全体でうまく補正し、カバーしている結果かもしれない。 したがって、これ以上の高音質録音を望むなら、高性能な外部マイクを複数、オン、オフ両方に置き、マルチチャンネルの業務用レコーダーで収録する、ということになり、百万円ほどのプロ用機器とそれを使いこなすノウハウが必要になると思う。やはりプロはプロなのだ。 ●今回収録した録音の一例(96kHz/24bit WAVファイル) O.イェイロ作曲「The Ground」 指揮 松村 努、合唱 湘南フィルハーモニー合唱団 ■合唱練習の録音 (1)全体の録音 自分が所属する合唱団の練習日を録音してみた。今回のレコーダー導入のそもそもの目的は、自分の歌唱力向上である。まず、指揮者の後ろ、合唱全体を収録できる位置から録音してみた。 合唱を歌う側は、合唱全体を客観的に聴くことができない。四パートのバランスがとれているか、バス・パートの中で自分の声が変に突出していないかなどは、指揮者や客席側は聴くことができるが、歌っている側にはわからないのである。 やはり、録音して気づくことがいくつもあった。 まず、四パートのバランスだが、女声、特にソプラノが目立ち、男声のテノールやバスは引っ込んでいる。ソプラノがメロディラインであり、最高音パートなので、もともと目立ちやすい事情はあるのだが。男声は低域である上、わが合唱団では女声より人数がずっと少ない。引っ込むのは無理ないのだが、客席側からはこんなにアンバランスに聴こえるのだ。これはマズい。しかし、男声が声を張り上げるのも良くないし、どうすれば改善できるだろうか。 自分の声はここでは聴こえてこないので、その意味では突出していないことになる。だいたい、突出の心配以前に、バス・パート全体の声量が小さいのだ。 次に感じたのは、テンポのずれだ。まず、ピアノ伴奏に比べて合唱が遅れている。歌っている我々はピアノに合わせているのだが、指揮者の後方にマイクがあるので、音速(の遅さ)のために遅れて聴こえる。距離が大したものでなくてもそうなってしまうのだ。 演奏会でも同様の現象が生じるはずだ。オーケストラの後方に合唱が並び、客席側からは、近くのオーケストラと奥の合唱とがずれて聴こえてしまうだろう。指揮を見て、それに音を合わせることが重要になる。 (2)自分周辺の録音 次に、自分の歌い方の確認のため、近くにレコーダーを置いて録音した。適当な置き場所が無いので、自分の胸ポケットに縦に入れ、マイクを外に出す形にしてみた。ガサガサと触れる音が入るかと思ったら、雑音はほとんど無く、意外にうまく録音できていた。 普段の練習で自分の耳には、自分の横の何人かの声が聴こえ、他パートの声は塊りとして聴こえている。ちょうどそのように録音ができている。ピアノの音、指揮者の指導の声もちゃんと収録できている。そこに同時に、マイクに最も近い自分の声が大きく録音されている。 録音で、自分の歌い方について発見がいくつもあった。 第一は音程の不正確さだ。出だしで微妙に音程が違っていたり、声域の上限付近で下がり気味だったりする。音程の大きな跳躍でも不正確な場合がある。音程が常に違っているわけではないが、所々で自分が意識していなかった微妙なブレがあるのだ。脳内の音イメージと発する音とが一致しない、ということだろう。共鳴腔の変化で音程が微妙に低くなったり、高くなったりしている、ということもあるだろう。音程が乱れる理由はいくつもあると思うが、コントロールは難しそうである。 第二は、子音・母音の発音の不十分さだ。これは、繰り返し練習あるのみなのだろう。 第三は最も深刻な問題で、出が遅れ気味という点だ。自分では同じタイミングで発声しているつもりでいたが、一瞬遅れて声を発している。全く無自覚だった。バスは低音で発声の動き出しが重く鈍いところがあり、そのためか。ドイツ語子音を拍前に発するつもりができていないのか。合わせる反射神経そのものが衰えてきているのか。理由がわからず対策も難しいが、楽譜・歌詞の先を読み、息を吸って声を出す準備段階を早く整え、正確なタイミングを意識して練習したい。また、フレーズやブレスの事情で遅れやすい箇所がある。こちらは理由がわかる遅れなので、箇所にマークして注意だ。 自分の声を客観視し、思うほどに出来ていないと知るのは中々辛いものだが、やはり録音は有用だ。今後も時々録音してみよう。