2026年7月12日PMS合唱団演奏会のバッハ「ミサ曲 ロ短調」 2025年12月
次回の演目は、J.S.バッハ(1685-1750)の「ミサ曲ロ短調」BWV232だ。PMS合唱団で2017年に「ヨハネ受難曲」、2019年に「マタイ受難曲」を歌っているので、バッハの教会音楽の壮大な山脈の中でも最高峰の三つを全て歌うことになる。声の続くうちに歌いたいと願ってきた曲で、ついにその機会が巡ってきた。 ■ミサ曲 ロ短調とは ミサ曲 ロ短調(1749年完成)は、この時代のカトリック教会のミサ曲の形式に則り、ラテン語のミサ通常文全文を省略せずに歌詞にしている。バロック時代のミサ曲は、教会の典礼において実際に使われるので、30~40分程度の長さだ。しかし、バッハのこの曲は2時間近くかかる長大さで、典礼に使うことが難しい。演奏会で演奏する新形式のミサ曲として作曲したとみられる。バッハの斬新さだ。 バッハは敬虔なルター派プロテスタントである。バッハが生涯をかけて作曲した、ドイツ語テキストによる受難曲やモテット、膨大な数の教会カンタータは、ルター派の教会で使うために作られた。では、プロテスタントのバッハが、何故カトリック教会の形式のミサ曲を作曲したのか。 前半部分が先に作曲れ、ザクセン選帝侯に献呈されているのは、転職活動の実利のためともいわれる。しかし、晩年に健康が衰える中、後半部分を加えてミサ曲として完成させのは何故か。真相は不明だが、作曲家としての純粋な思いで、ミサ曲形式の作曲を試みたかったのではないか。神に捧げる音楽という本質こそが重要事であり、プロテスタント、カトリックの形式上の制約は些事と考えたのではないか。 マタイ受難曲、ヨハネ受難曲は、イエスの誕生から十字架上の死に至る生涯を記す新約聖書のマタイ福音書、ヨハネ福音書に音楽を付したオラトリオ形式の曲だ。聖金曜日に教会で行なわれる受難劇に端を発する。エヴァンゲリストを進行役に、ペトロ、ユダをはじめとする人物が登場し、劇的であり、心を揺さぶる感情表現豊かな独唱がある。合唱が信徒の立場でコラールを歌う。ドイツ語圏のプロテスタント信徒には、全てドイツ語で進行し、熟知しているストーリーなので共感しやすいだろう。 これに比べ、ミサ曲ロ短調はラテン語の通常典礼文を歌う。祈りの文言なので、生身の人間は登場せず、なまの感情表現は無し、ストーリー性・演劇性も無しで、抽象性が高い、比較的穏やかな音楽だ。しかし、そこはバッハ、小曲ごとに音楽としての起伏、変化があり、それぞれ良い曲であり、完成度はさすがだ。独唱の曲にはアリアのような抒情性を持つ曲がある。合唱の曲は、ゆっくり静かで真摯な曲、速くて軽快な曲、明るく元気でユーモラスな曲、などバラエティがある。ただいずれも基本は祈りなので、キリスト教門外漢で信仰の無い私としては、敬虔な信徒が神に祈る心を頭に置き、他人事の歌い方をしないよう心がけている。 ■ミサ曲 ロ短調の全体構成 感情豊かな受難曲に比べ、ミサ曲ロ短調ははるかに抽象的で取っ付きにくい音楽だ。バッハの最高傑作なのだが、初めて聞いて真価がわかるのはよほどの人だ。2時間を超える大曲でもあり、聴き慣れぬ人にとっては、ずばり退屈で眠くなる曲である。 退屈して終わらないよう、聴き方のご案内を試みたい。 ミサ曲 ロ短調は、全体が四つの分冊から成っていて、第1分冊 Kyrie、第2分冊 Gloria、第3分冊 Symbolum Nicenum(ニカイア信条)、第4分冊 Sanctus~Agnus Dei である。合唱曲、独唱曲が入り混じるが、合計すると23の小曲で構成される(2曲を続けて演奏するものがあり、分けて数えれば計28曲)。 作曲の詳細な経緯は不明だが、1733年頃に作曲が始まり、ザクセン選帝侯に献呈したのが第1分冊。その時点ではこれで完結と考え、あとの曲の作曲予定は無かったと思われる。後年、考えを変えて通常典礼文全体を揃えることにし、第2~第4分冊を補ったらしい。最終的に完成したのは最晩年だったが、バッハ自身による初演は無く、全曲まとめて演奏されたのは19世紀半ば以降と言われる。 思い切り単純化すると、第1分冊最初の1曲 Kyrie eleison(Kyrieは第1曲、第3曲の二つがあるが前者)、第3分冊中央の Et incarnas est、Crutifixus、Et resurrexit の3曲、第4分冊最終の Agnus Dei、Donna nobis pacem の2曲が注目だ。全体を俯瞰して、最初、真ん中、最後の曲だ。 最初の曲 Kyrie eleison(第1)は、序奏抜きで冒頭から合唱が「kyrie, kyrie, kyrie eleison(主よ、主よ、主よ、憐れみたまえ)」とフォルテで歌う。七の和音を使って複雑、不安定な厳しいフレーズであり、全身全霊で懇願するようだ。宗教曲でこんな始まり方のものは他に無いように思う。 これに続き、5小節目からはオーケストラが落ち着いた旋律をしばらく奏でる。そのあと合唱各パートが順次「kyrie eleison」と入っていく。この5小節からのオーケストラは序奏的な旋律であり、これを序奏として曲を開始する方が順当に思える。しかし、そうはせずに衝撃的な4小節を冒頭に置き、あえて異形の開始にした。これがバッハの凄さだ。 どうしてそうしたか、真意はわからないが、冒頭から明示的に神への信を表明し、このミサ曲全体が向かう方向を示したかったのではないか。 第3分冊 Symbolum Nicenum は、父なる神に関わる3曲、子なる神(イエス・キリスト)に関わる3曲、精霊なる神に関わる3曲の9曲からなる。中央の3曲は全曲を見てもほぼ真ん中に位置するが、イエス・キリストに関わる信条の文言であり、全曲の意味上の中心とも言える。 「精霊によって聖母マリアから肉体を受け」(Et incarnas est)、「私たちのために十字架につけられ苦しみを受けて葬られた」(Crutifixus)、「そして聖書に書かれているとおり、三日目によみがえった」(Et resurrexit)、そのキリストを信じる、というキリスト教教義の根幹ともいえる文言を歌う3曲になっている。 最終の2曲はどうか。Agnus Deiは、独唱アルトが歌う短い曲だが、「Agnus Dei, qui tollis peccata mundi: miserere nobis.(世の罪を取り除いて下さる神の子羊(=イエス・キリスト)よ、私たちを憐れみたまえ)」、と静かにしみじみ歌う美しいアリアで、ミサ曲ロ短調の中でも人気の曲だ。単に抒情の美しさでなく、弱く愚かな存在であるわれわれの救済を神に切願する表現になっていて心にしみる。内容としても、この曲で神への信を改めて想起している。祈りは人類が重ねてきた行為で、無数の人の思いが累積されている。そのことが感じ取れるので、キリスト教信徒以外にも共感が成り立つ。 最終曲は Donna nobis pacem(私たちに平安を与えたまえ)。合唱が歌い、第1分冊のGratias agimus tibiの旋律をほぼそのまま転用している。平安を祈って穏やかに幕を閉じる。 最初のKyrie eleisonと最終のAgnus Dei、Donna nobis pacemが切実に救いを願う祈りになっており、この二つの極を結ぶアーチの頂点にイエス・キリストに関わる3曲がある。その間には神に捧げる合唱、独唱の小曲が連なっている。そのように俯瞰すると、全体構成を把握しやすい。 ■各小曲の紹介 第1分冊 Kyrie 1 kyrie eleison(第1) 合唱。冒頭4小節の厳しさについて述べたが、その後の部分も完成度が高い。 バッハが手腕を発揮したフーガで、合唱各声部が独立して別の旋律、語句をそれぞれ歌う複雑な構成だ。分析的に聴くより、ポリフォニーに身を任せ、各声部から次々に提示されるモチーフ、声部間の協和音・不協和音の変化などを楽しめば良い。以降の合唱曲はほぼフーガ形式で作曲されており、同じ聴き方があてはまる。 最初の曲だが、合唱の曲の中でもお勧めだ。 2 Christe eleison 独唱ソプラノ・メゾソプラノの二重唱が「Christe eleison キリストよ、憐れみたまえ」と歌う。合唱による二つの Kyrie eleison に挟まれて、少し軽やかな印象だ。 3 Kyrie eleison(第2) 再度、合唱で「Kyrie eleison 主よ、憐れみたまえ」が歌われる。合唱バスの重々しい旋律で始まり、合唱各パートによるフーガになっていく。 第2分冊 Gloria 4 Gloria in excelsis 合唱。「神に栄光あれ」という内容にふさわしく、トランペットで開始して華やかな印象の曲。三拍子は三位一体を象徴する。 5 Et in terra pax 合唱。前曲から間を置かずに連続し、四拍子に変わる。地上の平和を願い、喜びに満ちた曲想。メリスマ(一つの母音で多数の音符を歌う装飾的な歌唱法)の長い箇所が各パートにあるが、われらバスは歯切れ良く歌うことが難しい。 6 Laudamus te 独奏ヴァイオリンの軽快なオブリガートを序奏に、独唱メゾソプラノが神への賛美を歌う。歌い出しからのメリスマが聴きどころ。 7 Gratias agimus tibi 合唱。天の神の栄光に感謝を捧げる内容で、上昇していくモチーフで「gratias(感謝)」と各パートが歌う。天井高く残響の長い教会で歌ったら効果的だろう。 8 Domine Deus 独唱ソプラノ、テノールの二重唱とフルートの掛け合い。「主なる神よ、天の王よ、全能の父なる神よ」と讃える内容で、第2分冊の中心の曲。 9 Qui tollis peccata mundi 合唱。前曲から間を置かずに、三拍子のゆっくりした四部合唱に変わり、「世の罪を取り除く主よ、私たちを憐れみたまえ」と歌う。テンポが落ち着いて心地よい曲なので、眠くなるかも。 10 Qui sedes ad dexteram Patris. 独唱アルトのアリア。落ち着いたオーボエダモーレとの掛け合いで、「父なる神の右に座しておられる主よ、われらを憐れみたまえ」と歌う美しい曲。 11 Quoniam tu solus sanctus. 独唱バスが「あなただけが主です」と歌う。低域のメリスマが心地よい。 12 Cum Sancto Spiritu. 合唱。前曲から切れ目無しで続くが、曲調が変わり、快速テンポで起伏ある曲。オクターブの跳躍が多く、長いメリスマもあって速いので、合唱としては難曲だ。 第3分冊 Symbolum Nicenum ニカイア信条 1 Credo in unum Deum 合唱。「Credo in unum Deum 我、唯一の神を信ず」という信仰・信条の言明で、重い内容のはずだが、曲としては意外に軽快でテンポが良い。通奏低音が短い音符を刻む上で、合唱各パートが長い音符のフーガを展開する。随所でシンコペーションを使って強拍をずらし、リズムを複雑にする効果を出している。 2 Patrem omnipotentem 合唱。合唱バスはPatrem omnipotentemの主題、上3パートは前曲に続いてcredoと歌い出す。が、次第に全パートがPatrem omnipotentemになっていく。この曲もシンコペーションをうまく使い、軽快でユーモラスな印象を与える。 3 Et in unum Dominum 独唱ソプラノ1、アルトの二重唱が、父なる神と子なる神の一体性を歌う。 4 Et incarnatus est 五部合唱(ソプラノが1、2に分かれる)。ゆったりした三拍子で、「精霊によって聖母マリアから肉体を受けた」と1パートごとに下降するテーマで歌う。 5 Crucifixus 同じく五部合唱で三拍子、前曲と対をなしている。「私たちのため、十字架につけられ苦しみを受けて葬られた」と、苦しみを表現するホ短調で歌う。最後、ト長調に転調してキリスト復活の予兆を示し、静かに終える。 6 Et resurrexit 五部合唱。前曲の終わりから3拍おいて(3日を象徴している)、雰囲気がガラリと変わり、合唱が「そして聖書に書かれているとおり、三日目によみがえった」と喜ばしい表情で歌う。合唱の中でも聴きどころの曲だ。われら合唱バスが活躍するが、テンポが速くメリスマも多いので緊張する。 7 Et in Spiritum Sanctum 独唱バスが「私はまた、主なる精霊を信じる」と穏やかに歌う。 8 Confiteor 五部合唱。4分音符の通奏低音の上で合唱が、「罪の赦しとなる唯一の洗礼を認める」を歌う。「死者の復活と来世の命を待ち望む」のところでテンポを落とし、次の曲に続く。 9 Et expecto 五部合唱。テンポが上がり、前曲の「死者の復活と来世の命を待ち望む」が繰り返され、メリスマも使われて華々しく盛り上がり、最後は「アーメン」で終わる。 第4分冊 Sanctus, Osanna, Benedictus, and Agnus Dei 1 Sanctus 六部合唱(ソプラノ1、2、アルト1、2、テナー、バス)が「Sanctus 聖なるかな」と歌う。後半、「Pleni sunt coeli et terra 天地に満てり」は3拍子に変わり、6声部の合唱がフーガを展開する。 2 Osanna 八部合唱、二つの合唱群の二重合唱。合唱の「Osanna 神を讃えよ」で始まり、第一合唱、第二合唱が、16分音符が主体のポリフォニックなテーマとホモフォニックなテーマを交互に交代して歌う、複雑な構成だ。 3 Benedictus 独唱テナー。フルートのオブリガートで、しみじみと「主の名によって来られる方に祝福あれ」と歌う。 4 Osanna (繰り返し) 八部合唱(二重合唱)。一つ前の曲の繰り返し。 5 Agnus Dei 独唱アルトのアリア。ヴァイオリンオブリガート。「Agnus Dei, qui tollis peccata mundi: miserere nobis. 世の罪を取り除いて下さる神の子羊(=イエス・キリスト)よ、私たちを憐れみたまえ」としみじみ歌う。心に迫り、聞きごたえのある曲で、独唱では一番のお勧めだ。 6 Dona nobis pacem 四部合唱。歌詞は異なるが、第2分冊 Gloriaの第7曲 Gratias agimus tibiの旋律をほぼそのまま使った曲。最後にティンパニ、トランペットも入って、盛り上がって終わる。