弦楽四重奏によるモーツァルト「レクイエム」
― カルミナ・クァルテットの演奏会 2015年12月
2015年12月5日、晴海の第一生命ホールでスイスの弦楽四重奏団 カルミナ・クァルテットのコンサートがあった。プログラムは、全てモーツァルトで、弦楽三重奏の「バッハの作品による六つの前奏曲とフーガ KV404a」第1番ニ短調、弦楽四重奏曲 KV465「不協和音」、休憩後にレクイエム KV626。 贔屓にしているカルミナ・クァルテットの久しぶりの来日、しかも自分も合唱で歌った経験があるレクイエムを弦楽四重奏で、という演奏会なので楽しみにして出かけた。 弦楽三重奏曲は初めて聞く曲だったが、平均率クラヴィア曲集の1曲(BWV853)のフーガということで、偽作説もあるそうだが、落ち着いた良い曲と思った。弦楽三重奏。そういえば、このクァルテットはカルミナ・トリオとして出発したのだった。 「不協和音」は、第1楽章の不協和音の出だしから、このクァルテットらしい決然とした厳しい演奏だった。厳しさの一方、ゆとりもあって、テンポの揺らしや装飾音など、ちょっと変えて即興的に呼応する、といった演奏会ならではの楽しみがあった。 出だしといえば、シューベルト「死と乙女」のCDが2002年に出たのだが、発売日までカルミナが弾く冒頭はいったいどんなだろうと様々に想像し、実際の演奏が予想以上の厳しいフォルテ・フォルティッシモであったのに驚いたことがあった。「死と乙女」、「ロザムンデ」、ト長調と、このクァルテットの演奏するシューベルトは真に凄いものがあった。 カルミナは、一つひとつの演奏の完成度がとても高い。四人で譜面を長く検討して解釈を煮詰めている。それは他のクァルテットも同じだろうけれど、「このくらいで良かろう」という妥協無く、一層徹底しているように思う。その上で決然と演奏をしている。そのため、このクァルテットの演奏は、深みがあって一味違うということになる。 そんなカルミナだが、かつて若かった四人が髪に白いものも混じり、今回のステージでは年齢を感じさせた。五十代なのだろうが、結成して、メンバーの交代なく、もう30年になるのだ。録音も、ベートーヴェンやバルトークなどまだまだ出してほしいのだが、このごろは間遠になっている。円熟期に至ったということではあるが、あるいはクァルテットとしての旬の時期を過ぎてしまったろうか、この頃はそれをひそかに恐れている。 さて、レクイエムだ。弦楽四重奏でこの曲というのは珍しく、初めて聴く。いったいどんなふうになるのか。 私は、ジュスマイヤー版とレヴィン版と、合唱で2度歌う機会があった。聴いても、歌っても魅力ある名曲だ。カルミナ・クァルテットも曲に惹かれ、自分達の弦楽四重奏の形式で演奏しようという思いになったということなのだろう。第2ヴァイオリンのスザンヌ・フランクが提案して取り上げることにしたそうだ。 レクイエムで一般に演奏されるのは、弟子のジュスマイヤーが補作して完成させたものであるが、このジュスマイヤー版の総譜が発行された直後の時点で、これをペーター・リヒテンタールという医師・作曲家が弦楽四重奏用に編曲しているのだそうだ。今回の演奏はこの楽譜を使っているが、削られた合唱パートの復活など、第1ヴァイオリンのマティーアス・エンゲルレがさらに相当編曲し直したということである。 演奏はとても興味深かった。合唱、独唱、オーケストラを弦四部に縮減するのだから、どれを削ってどれを活かすか、取捨選択することになる。反面、選ばれた旋律、パッセージが強調されることにもなる。耳に馴染んだジュスマイヤー版をほとんど反映している部分、それが基本であり当然多いのだが、その一方で、こんなパッセージがあったか、という思いがけない表情が浮かび上がる部分がある。 さらに、合唱、独唱の歌のパートを演奏する際、歌詞を歌いながら弾いているかのように感じられたことが印象的だった。第一級の弦楽器奏者達なのだから、歌うように音楽的に演奏するのは当たり前のことだろうけれど、それ以上だったのだ。歌詞のラテン語の一語一語のアクセント、イントネーションをよく理解していて、そこからくるフレージング、アーティキュレーションで弾いている。この曲の合唱、独唱パートを声で歌った経験があって、あるいはわざわざそうした練習を行って、歌詞を頭に置いて弾いているように感じたのだ。 面白かった。 アンコールは、モーツァルトとは変えて、シューベルト「ロザムンデ」から第3楽章。さらに、ベートーヴェンの作品18-4から第4楽章。これまた良い演奏だった。 ロザムンデの、悲哀に満ちた美しいメヌエット。次の舞曲風の終楽章を想起させながらの終了だが、カルミナがCDで展開したあのシューベルトの世界を垣間見させてくれた演奏だった。 ベートーヴェンは軽快なテンポの終楽章の曲で、演奏会を締めくくるのに相応しい。しかしカルミナはこの曲のCD録音が無い。演奏会ではベートーヴェンをレパートリーにしているはずだが、CDでは1枚きりなのだ。どうやら全集への志向が無いようなのでそれは望まないが、せめて何枚かは出してほしいと願っている。 満足して席を立った。今回もまた心に沁みる演奏だった。終わってみると、合唱のレクイエムを弦楽四重奏で演奏するという面白さもさることながら、アンコール曲も含めて全体に感動していた。クァルテットとしての衰えが感じられなかったのはうれしいことだった。