お墓について整理した - 墓じまいと墓準備 2018年10月

 墓について、どうしたものかと案じている人は多いだろう。ここ何年か課題であった墓 じまいを行った。また墓準備もして、お墓問題を整理することができた。 ■第一部 墓じまい ●墓じまいを考えた  数年前から、田舎の墓をどうしようかと考えるようになった。菩提寺が北関東にあって、長男である私Ces-durが「Ces家之墓」を管理しているのだが、将来の跡継ぎがいない。何とかしておかなくては、という思いが生じたのだ。  日本社会全体、故郷を離れる人が増え、核家族化・少子化してきたが、わが家も例に漏れず、東京圏に居住し娘二人が既に独立した。Ces家は、曾祖父の代からの分家だが、私の代で途絶えることになる。「Ces家之墓」については承継者がいない。私のきょうだいの範囲を考えてもそうなる。  戦後の民法大改正で家制度が廃止され、家督相続の概念が無くなって久しいわけだが、墓・祭祀の承継という一点で再登場する。  娘に継いでもらう考えもあるが、仮に承継すれば、娘が知らない先祖がほとんどの墓、遠方の寺である。管理や墓参りが負担となり、さりとて処分する判断も難しい、ということになるだろう。  やはり、問題を先送りせず、自分の代のうちに整理しなくてはいけない。元気で気力があるうちにすべきだ。 ●墓じまいの三つの方向  まずは、墓じまいについての情報を集めた。先祖代々の墓を終いにして更地に戻すものだが、同じ問題でお困りの方が多いようで、本やネット上に様々な情報がある。新聞の家庭欄やNHKの番組でも、お墓問題や墓じまいが時々取り上げられている。  墓を終いにした後、埋葬されていたお骨をどうするかがポイントで、方向は大きく三つある。  第一は、別の墓を確保して改葬する案だ。霊園・寺の墓地区画を買い、新規に墓を建てることになる。自宅近くに墓を確保できれば、墓参りや管理も楽になる。あるいは、子世代が承継しやすくなるかもしれない。  しかし、移転した墓についても承継が必要なことは同じで、根本の問題解決にはならない。わが家の場合、この方向は考えられない。  第二は、新式の墓に改葬する案だ。最近は、わが家のような承継者が無いケースを対象に、様々な新式の墓が出てきている。私の自分流の分類だが、「合葬型の墓」「土に還す墓」「期限付の墓」といったものがある。  「合葬型の墓」は、個別の墓ではなく、よその人のお骨と一緒に収蔵・埋葬する墓だ。霊園の合葬型納骨施設、寺が設けた永代供養墓、などがこれだ。仏教宗派によっては、本山が納骨を受けて合祀することもあるようだ。  「土に還す墓」は、樹木葬墓の多くがそうだが、お骨を骨壺でなく布袋などに入れて埋葬し、土に還していくものである。個別型も合葬型もあるようだ。  「期限付の墓」は、個別の墓だが、33回忌、数十年など期限を区切り、期限後は合葬に移したり、土に還す墓だ。すなわち、期限後に自動的に墓じまいになる。まさに新式で、定まった名称が無い。業者によっては「樹木葬」のジャンルに入れている。  これら新式の墓は、祭祀承継者が無くて済む点が共通の特徴で、まさに最近のニーズに合ったお墓だ。また、契約時・納骨時の初期費用が低廉、年間管理料が不要(または一括前払い可能)で、一般の墓より費用を抑えられることが多い。ただし、新式の墓はまだ供給が少なく、好みに応じて選べるという状況ではない。  第三は、散骨である。散骨は墓そのものを無くす案だ。当然、祭祀承継者も不要になる。  海への散骨は、埋葬や改葬にあたらず法律の規定が無い。法の対象外で、違法とも言えないというのが法務省、厚生労働省の一応の見解のようだ。それを頼りに葬祭業者が取り扱いを始めている。遠方の海洋ではなく、思いのほか近くの沿岸域になるようだ。  ちなみに山への散骨は、公有・民有の山林に勝手に散骨するわけにはいかないので、葬祭業者の取り扱いはほとんど無い。NHKの番組では宇宙への散骨が紹介されていたが、本気で案として検討する段階ではなさそうだ。  墓参り、供養の観点から考えると、合葬型の墓では墓参の対象が合同のモニュメントになる。土に還す墓、期限付の墓では、対象が永続せず無くなっていく。散骨では、もともと墓参の対象が無いことになる。  供養とは、墓や仏壇で、死者の霊に供物を供える、お経を唱えるなどをして、冥福を祈ること、なのだろう。私は、仏教に関心、敬意は持つが、信仰は無い。仏教思想とは別の、自分の感覚の問題だが、供養というより追悼がしっくりくる。お墓、お骨という対象の有無より、思い出したその都度、手を合わせれば良いではないか、とも考える。  仏教本来の教えは輪廻思想であり、死後49日で別の存在に転生するので、抜け殻である肉体、お骨には重要性を認めず、お墓も特に必要が無いとされる。仏教伝来の過程で、儒教の先祖崇拝思想が加わり、日本の仏教ではむしろ先祖供養が信仰の中心となって、お骨や墓を重要視する。輪廻思想は認めるものの、あやふやになっているようだ。  この点、散骨は仏教本来の教えに沿う方法とも言いうるが、日本仏教的な先祖供養の要素が無くなるので違和感が生じるのだろう。私とすると、自然に還ることの清々しさを感じるが、供養・追悼の対象が形として存在しない点で、心もとない感じが少々ある。  墓じまいについて考えると、このように、墓をどう考えるか、供養をどう考えるか、故人・先祖をどう考えるか、ということに話が及ぶことになる。そして、関係する者それぞれに考え方がある。  墓じまいをどのように行うか、自分一人の考えでは決められないことなので、上記三方向に要点をまとめた上で、きょうだいと相談した。また、妻や娘たちの意見を聞いた。  墓じまいで、もう一つのポイントは菩提寺だ。寺との関係はなかなか難しい。  墓じまいは、寺と檀家の関係を終いにすることでもある。しかし、檀家というものは会員制度とか契約関係とかではない。代々の世襲で寺に帰属していて、やめる場合のルールが無いのだ。墓じまいは、檀家側の考えだけで決められず、寺の意向を勘案せざるを得ない。  一方、寺にとって、墓じまいは支えてくれる檀家の減少であり、運営・経営に関わる切実な問題だ。安易に認めれば寺の基盤が崩れていく。それ故、墓じまいを寺に認めてもらう見返りとして、法的根拠も何も無い志納金だが、檀家が「離檀料」を包むことが常識化しているようだ。また、寺側が、度を越した額でこの離檀料を要求し、トラブルになる、ということが時にあるようだ。  遺憾ながら、Ces家菩提寺も営利の姿勢が強い。離檀料トラブルもあり得ないではない。墓じまい自体が否定されるかもしれない。住まいが離れて、住職と顔を合わせるのは葬式と回忌法要の時だけになっている。意思疎通の基盤が無いのだ。避けたいが、最後は対立になるかもしれない。  そうしたことを念頭に、腹をくくって寺に打診、相談した。 ●菩提寺の永代供養墓への改葬、墓じまい  寺に相談したところ、「早まって考えなくても。娘さんが墓を守ってくれるのでは」と言いながらも、「この頃は、同じような事情の家が何軒もある」と、寺の「永代共同供養墓」を紹介・説明してくれた。トラブルにはならず、話は平和的に進んだ。  説明されたのは、菩提寺が寺境内に数年前に設置した納骨堂型の「合葬型の墓」である。50霊の骨壺を収蔵して寺が永代供養する、33回忌を過ぎたら合祀にするというもので、新式の墓の一種だ。お墓を巡る情勢を踏まえての、寺側の防衛策なのだろう。  この墓にお骨を改葬するならば、墓管理の承継は不要となり、墓じまいができる。きょうだいと話し合い、この「永代共同供養墓」に改葬することに決定した。  しばらく実行に移せなかったが、約1年置いて寺に実施の相談をした。経費としてのお布施は、軽乗用車1台分ほど。相場より高めな感じはあるが、想定していた範囲だ。  動き始めると、話はどんどん具体化し、実施が定まった。  墓じまい当日は、次のような進行だった。 (1) まず、墓の前で住職の閉眼法要の読経。 (2) 読経後、骨壺を取り出し永代共同供養墓に移す作業を石材店にしてもらう。  「Ces家之墓」には、明治半ばから平成までの7体が祀られていた。33回忌を迎えていない亡父の骨壺は個別収蔵、他の6体は合祀にする。戦前は土葬のためか骨壺が無く、墓の土を遺骨の代わりとした。 (3) 納骨後、永代共同供養墓の前で住職の読経。  以上、墓じまいは1時間ほどで終了した。それまで長らく課題だったことを考えると、全くあっけない。  旧墓所の撤去・更地化は、後日、石材店に工事してもらった。ちなみに、工事費は軽乗用車0.4台分。  これで「Ces家之墓」は無くなり、今後は、同じ寺だが永代共同供養墓に墓参りすることになる。戒名を刻んだ小プレートが付くので、それが墓碑銘だ。  自宅の仏壇に7霊の位牌がある。寺との相談で、これはそのまま置くことにした。  寺とのトラブルを心配していたが、思ったより難なく墓じまいを終えることができた。これは、恐らく当方の選択が菩提寺自身が設置した永代供養墓であったためだろう。もしも他所への改葬、散骨といった選択だったら、交渉は簡単でなかったかもしれない。  代々の菩提寺であり、墓じまいで離れるにせよ、諍いは避けたいものだ。この頃は、墓じまい代行業者や行政書士が寺との交渉を代行するようだ。トラブルが予想される場合には、そうした第三者を間に入れる方法もあるのだろう。 ■第二部 墓準備 ●「期限付の墓」を契約した  「Ces家之墓」の墓じまいを決めたことで、私とカミさんの墓をどうするか、という別問題が派生した。  上記の墓じまいの情報収集・検討は、自分たちの墓についても適用できる。第一の一般的な墓購入は、承継者問題の再燃になるのであり得ない。第二の新式の墓か、第三の散骨か、ということになる。  懸案としていたところ、思いがけず方向が定まった。  初夏(2018年)、朝の自転車散歩で鎌倉方面を走り、寺院でたまたま休憩をとった。樹木葬墓地の仲介業者の案内所が出ていたので、説明を受け、現地を見てみた。  墓地は寺院の奥まった場所にあり、花壇のような区画に円盤状の小墓石が300ほど並んでいた。墓石の下に3霊乃至4霊までの骨壺を入れる。樹木葬墓地という名だが、樹木が墓碑ではなく、「土に還す墓」でもない。  契約後(納骨後ではない)、50年間維持され、その後は合祀の永代供養になる。「期限付の墓」である。お寺の墓地だが、檀家になるわけではなく、宗派への帰属も不要。50年分の管理料を一括前払いできるので、承継者不要、子世代の負担が無い。  費用は、志納金、50年間管理料を合わせて、こちらは軽乗用車0.8台分。  偶然出会った墓地だが、祭祀承継者が不要、50年後に自動的に墓じまい、というのは大きな利点だ。墓が永続しないことが受け入れ難い、という考えもあるだろうが、私とカミさんは是認の考えだ。費用もリーズナブルといえる。由緒ある寺院で、50年の期間内は破綻・撤退の恐れが無いだろう。総じて、自分たちの墓として悪くない。  家に帰ってカミさんと相談し、一緒に見に行って契約を決めた。住まいからは1時間ほどで行ける距離だ。最寄り駅から徒歩15分ほどで、墓地としては便利な部類だ。将来、子や孫も鎌倉観光がてらの墓参りができるだろう。  住職・副住職の面談があり、これに合格(?)して正式に決まった。寺側も、永代供養の対象がどんな人間か、全く見ず知らずのままというわけにはいかないのだろう。当方も住職の人柄に接し、お任せできるという気持ちになった。 ■これで、墓じまいと墓準備、懸案だった墓問題が片付いた。自分としても、将来の落ち着き先が定まり、何やら安心が得られた。  これも「終活」ということになるのか。